再録:クロストークvol.2 「銀板写真師(ダゲレオタイピスト)」という仕事

arai

□ 新井卓 Takashi Arai Photography
■ 小林美香 Mika Kobayashi

クロストークで使用した画像は、Scribdのスライドとして見ることができます。左下のFullscreenをクリックすると全画面表示になります。

ダゲレオタイプのかたち

■ 新井さんが取り組まれているダゲレオタイプは、1839年にフランスで発明が公表された世界最初の写真術です。新井さんの活動をご紹介する前に、ダゲレオタイプとはどういうものなのかということを、少しだけ紹介しておきたいと思います。発明された当時の状況が垣間みられる映画として、ジェーン・カンピオン監督の『ピアノレッスン』があります。19世紀半ばのニュージーランドが舞台になったこの映画では、入植者の男性が結婚する相手の女性を海岸まで迎えに行く途中で、その女性が写ったダゲレオタイプを見て、ダゲレオタイプの表面に写った自分の顔を見ながら髪の毛を整えるというシーンがあります。それから、鳩山郁子さんの漫画『ダゲレオタイピスト』では、ダゲレオタイプの技術や当時の状況なども詳しく描かれていますので、興味のある方は是非ご覧になって下さいね。 

Daguerreotype

■ これから19世紀半ばに撮影されたダゲレオタイプをいくつかご紹介していきたいのですが、発明された当時は、撮影に長い露光時間が必要だったんですよね。 

□ 発明当時のダゲレオタイプは、感度が非常に低かったので、とても明るい状態でも露光に十数分間かかったそうです。ですから、撮影される人は露光時間中に動かないように首や胴体を固定する道具をあてがわれていたんですね。小さい子どもを撮影するのは大変だったでしょうね。後に技術が改良されて、露光時間は数秒までに短縮されていくんですが。 

■ 19世紀当時の人たちにとって、写真館に行ってダゲレオタイプを撮影するということは一生に一度あるかないかという特別な経験だったわけですし、撮影されたダゲレオタイプも貴重なものとして扱われていたわけですよね。写真史の研究者ジェフリー・バッチェン氏の著作『Forget Me Not: Photography and Remembrance』から数点図版を紹介しましょう。ダゲレオタイプはケースの中に収められていて、なかには見る人へのメッセージがケースの裏側に書かれていたものもあったのですよね。

□ ダゲレオタイプの表面は大変傷つきやすいので、傷がつかないように表面をガラスで覆った上でケースに収めなければならないんですよ。このメッセージには、「骨が腐っても私のことを忘れないで欲しい」ということが書かれていて、写された女性が、自分が忘れられることに強い恐怖感を持っていて,このダゲレオタイプを見る人に強い想いを託しているというのがわかりますよね。

■ 中にはダゲレオタイプのケースを手に持って写っているものもありますね。この場合推測できるのは、写っている人が持っているのは空のケースで、撮影されたダゲレオタイプがその後にこのケースの中に収められている、ということです。つまり、このダゲレオタイプを手に取って見る人は、写っている人が触れていた同じケースに触れているということになる。ケースを介して時空を超えてつながるということになるのですね。ダゲレオタイプの強い魅力は、ものとしての加工の仕方のなかに、写されたひととそれを所有する人とのつながりが見えるということでしょうね。

□ ダゲレオタイプはペンダントや洋服のボタン、ブレスレットのようなアクセサリーや、シガレット・ケースのような装飾品にも加工されていますね。見るだけではなく,身につけたり触れたりすることが重要だったのでしょうね。

■ ブレスレットのバンドの部分が女性の毛髪を編み込んで作られたものもあります。18世紀から19世紀にかけて女性の髪の毛を素材としてアクセサリーを作るということが流行していたそうです。体の一部分である毛髪と写真を組み合わせて装身具を作るというのは、今見ると念がこもりすぎて、不気味な感じもしますけどね。
さて、これから新井さんの活動を紹介しつつ、ダゲレオタイプの実際の制作行程について説明して頂こうと思います。19世紀当時使われていた撮影機材や、ダゲレオタイプの技法を解説した資料が現存しています。たとえば、ダゲレオタイプが蘭学の一つとして幕末の日本に導入された際の資料として『遠西奇器述』がありますが、この中ではダゲレオタイプは、「直写影鏡」と訳されています。

写真DIY

■  新井さんは2003年頃からさまざまな資料をもとに、独学でダゲレオタイプの研究や制作をされてきたんですよね。そもそもどういうきっかけでダゲレオタイプをやってみようと思ったんですか?
□ 2003年当時専門学校で写真を勉強して2年目だったんですが、イギリスで旅行をしていた時にポートレートの展覧会を開催していたのを見に行った時に初めてダゲレオタイプを見たんですよ。それ以前から最初の写真術であるダゲレオタイプを見てみたいと思っていたんですけれども、初めて見た時にそれが、古いものには思えなかったんですね。金属でキラキラ光っていたというのもありますけれども、とても新しい作品に見えたんです。以前からモノクロ写真を撮っていたんですけれども、それよりも鮮明に見えたんです。
写真技術は現代に近づくほど進歩しているわけですから、品質もそれにあわせてよくなっていると思われがちですけれども、画質、解像度という点ではダゲレオタイプの方が断然高いんですよ。今、デジタルカメラで数千万画素とか言いますけれども、ダゲレオタイプは電子顕微鏡レベルの粒子で画像が記録されているので、現在のハイエンドのデジタルカメラでも追いつけないほどの解像度なんですね。昔の人ができたんだから、自分でもできるだろうと思ってダゲレオタイプに取り組むようになったのですが、そんなに簡単にいくはずもなく、試行錯誤が続いたのですが。。。
撮影に必要な道具、材料すべてを自分で作ったり、工場に発注したりしています。ですから、カメラ屋ではなくホームセンターで資材を調達したりすることが多いですよ。「写真DIY」という感じで、撮影準備から仕上げにいたるまでのすべての行程を自分でやっています。

Daguerreotype Tools

■ ダゲレオタイプの中でも、現像プロセスには最初に発明された水銀を用いる技法と、後に発明された水銀を用いないベッケレル技法という二つの方法があるそうですね。(※ 技法の詳細は配付資料をご覧下さい。)新井さんはベッケレル技法の方をはじめに試されて、2006年の横浜美術館での「アーティスト・イン・ミュージアム」という美術館での滞在制作としてその技法を使ってプロジェクトを行ったということですが、これはどういう企画だったんですか?

□ 美術館で3カ月滞在制作しながら、ポートレート写真ができあがったら一点ずつギャラリーに展示していくということをしました。小林さんにもモデルになって頂きましたが、露光時間は6分半ぐらいでしたね。

■ ダゲレオタイプに撮られるのが初めてだったので、露光時間中に途中で暴れてしまうんじゃないかと思いました(笑)。あと、静止しているので聴覚が研ぎすまされるというか、集中するというか、普通の状態では味わえない感覚がありましたね。

□ 通常それだけの長さの時間集中して、静止しているということはないですからね。ゆっくりしているのと静止しているっていうのはまったく違いますからね。自分でやってみても結構辛かったですね。この滞在制作期間中に、50人位撮影して30人のポートレートを展示しました。ベッケレル技法を使っていた頃は、露光時間は最短で2分、最長で20分でしたね。

■ 20分も止まれる人って凄いですね。忍者みたいに修行しているんでしょうか(笑)

□ いろいろな方に苦痛を強いた制作だったと思います。(笑)滞在制作だったので、制作の行程もギャラリーで見てもらうという、デパートの実演販売のような状態でした。撮影に使用した道具について説明していきましょう。まず、磨いた銀板を収める箱ですね。銀板は指紋がついたり息がかかったりすると使えなくなるので湿気を吸収するような仕組みになっています。それから、銀板を磨くためのバフという道具です。研磨剤にベンガラという日本画の材料を使って鹿の皮で磨きます。バフの表面が黒ずんでいるのは、銀板の表面から銀が付着しているからなんです。磨いた銀板に沃素という薬品を付着させるためのヨウ素箱ですね。ベッケレル技法では現像するのに、オペークという赤いフィルターを使います。

■ ベッケレル技法を習得した後に、さらに機材に改良を加えて、水銀を使う技法にも取り組むようになったそうですね。制作のプロセスを映像で解説して頂きましょう。
(映像は後ほど掲載します。)
koganecho

■ 2008年に開催された黄金町バザールというイベントで、水銀を使う技法を用いて作品制作を行ったんですよね。

□ 黄金町バザールは、横浜の黄金町という町の地域イベントで、その一環として黄金町写真館という場所を開設して、そこで撮影と展示をしました。ベッケレル技法を使って制作したダゲレオタイプと比べて、水銀を使って現像するダゲレオタイプはクオリティが格段に向上しました。画像がよりシャープになったということもありますし、周囲の情景の広がりや奥行きも再現できるようになりましたね。露光時間が数十秒まで短くなったので、写っている人の表情も自然な感じになってきたと思います。このイベントは、町の中の写真館という形で運営をしていたので、お客さんからの依頼を受けて、ポーズや場所を設定してもらって撮影したりもしていました。この頃になってようやくダゲレオタイプで作品が作れるようになったかな、という感じです。それまでは実験しているような状態で、技術的に安定しないことが多かったんですよ。

■ 写真館の中で展示もされたそうですが、展示用に桐箱のケースを作ったんですか?

□ この展示のために上野の箱屋さんに発注して作ってもらいました。蓋の裏側にはベルベットの布が張ってあって、お客さんが展示を見る時には、ケースの蓋をダゲレオタイプにかざしてみてもらうようにしました。今はまた別の形のケースを考案しているところなんですよ。

■ 箱の佇まいに、クラシックというか、凛とした由緒正しい家宝という雰囲気が漂っていますね。

反射フェチ

■ ところで、新井さんは写真でさまざまな仕事をするかたわらで、4、5年ダゲレオタイプの研究や制作を続けてこられたわけですけれども、新井さんが写真を撮る上での一つの関心として「反射」という要素があるんですよね。

□ ダゲレオタイプが鏡面のように反射するということもあって、ダゲレオタイプに取り組むようになってから、反射するものにより強く惹かれるようになっていきましたね。2007年に大阪で開催した「Half Mirror」という展覧会で展示したカラー写真を数点ご紹介します。ハーフミラーというのは鏡のようにもガラスのようにも見える状態の表面のことですね。このシリーズを撮り始めた最初の一枚が、ホテルの中の鏡を撮ったものです。
Half Mirror

■  鏡の写真は、私が書いた『写真を「読む」視点』の表紙の装幀に使わせて頂きました。その本の後書きでも書いたことなんですが、この写真では鏡の縁の金具や鏡面にフォーカスがあっていて、鏡の中に写っているものはぼやけている。普通鏡を見る時は、その中に写っている像を見ていて、鏡の表面そのものを見るということはあまりないわけですよね。鏡の表面に注意を向けることで、奥行きが立ち上がってくるような見方、撮り方が面白いと思ったんです。このシリーズはいろいろな場所で撮影されていますね。いくつかの写真を見ていると、反射する表面への注意の向け方や、空間の奥行きの捉え方、反射的というか即時的な注意の向け方に共通する姿勢みたいなものが見て取れるような気がします。こういう感覚が、ダゲレオタイプとの取り組み方とつながっているんでしょうか。 

□ そうかもしれませんね。ダゲレオタイプとのつながりは、自分自身ではあまり深く考えてはいないんですけどね。2007年には、葉山にあるengawaというレストランでも「Toward Lakes」という展覧会をしたのですが、この時はダゲレオタイプとカラー写真を組み合わせて展示しました。展示した場所が100以上前に建てられた数寄屋造りの家屋で、部屋の廻りを廊下が囲むような造りになっていて、その中を移動するような感覚が面白いと感じて、空間の中を移動して行くような感覚を写真で表現できないかなと思ったんですね。僕は、ドキュメンタリー写真や報道写真のように前後の意味に反応して撮る、という撮り方ではなくて、カメラという機械が持っている、人間の眼とは違う奥行きの捉え方がどういうものかということを知りたいと思って撮っています。その延長にあるのがおそらくこの一連の作品です。この頃からダゲレオタイプでポートレート以外に風景も撮るようになりました。その中でとくに湖に惹かれるようになったんですよね。今年の6月に北海道で一カ月ほど旅をして、熊が出るような日高山脈の山奥の湖をダゲレオタイプで撮影しました。
Toward Lakes
Daguerreotype Landscape

■ 湖のダゲレオタイプは実物を見ると、鏡面と水面が一つの面になって見ていると表面に眼が吸い込まれるというか、その中に落ちそうな感じになりますね。

□ 湖以外にも、桜も撮ってますね。それまではあまり桜を撮ることには興味はなかったんですけど、今年の桜は凄かったんですよね。世田谷公園に高さ30メートルぐらいの大きな桜の木があるんですけれども、爆発しているように咲いていたので面白いと思って撮影しました。桜は今後も撮り続けたいと思っています。


ダゲレオ祭り

■ 今年はダゲレオタイプに関連して海外に頻繁に出かけられていますよね。

□ 2月にはフィラデルフィアのProject Bashoという写真センターや現地の大学でワークショップをしましたし、9月にはフランスのブリという街で開催された、ダゲレオタイプ発明170周年記念のイベントにも参加してきました。このブリというのは、ダゲールが晩年を過ごした街なんです。展覧会では当時の資料や機材のほかに、現在ダゲレオタイプを手がけているダゲレオタイピストたちの作品が展示されて、僕も作品を展示しました。世界14カ国からダゲレオタイピスト達が結集した「ダゲレオ祭り」といった感じで、展覧会のほかに講演会やデモンストレーションなども開催されて、いろいろな人たちと交流できたんですよ。参加者は年配の男性が多かったですが、中には同世代の作家や女性もいました。写真家というよりも別の専門職についていて、独学でダゲレオタイプを研究しているという人がほとんどでしたね。このイベントに参加したダゲレオタイピストの作品は、Contemporary Daguerreotypesというサイトで見ることができます。 
 

daguerre-fes

■ 最近は依頼を受けてダゲレオタイプの撮影もされているそうですね。

□ 自分の作品としてだけではなく、注文制作というかたちで制作をしようと思っています。出張にも対応できるように、ダゲレオタイプ専用の暗室テントも作りましたので、ご注文頂けると嬉しいです。 

Leave a Reply