再録:クロストークvol.4 像をモノに転換する技術 プリンターという仕事

kubo

□ 久保 元幸
■ 小林 美香

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暗室拝見
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■ 今日は30年以上プリンターとしてお仕事をされている久保さんに、お話しして頂きます。このクロストークの企画準備のために一度飯田橋にある久保さんの暗室にお邪魔して作業を見学させて頂きました。私は大学生の頃3カ月だけ写真部に所属していて、その時に何回か暗室作業をしたことがあるのですが、暗室に入るというのが随分久しぶりのことだったので新鮮でした。引伸機やさまざまな装置がありますよね。

□ 引伸機は全部で4台あります。部屋としては狭いですよね。基本的にすべての作業を一人で集中してやるので、あまり広い空間だと使い勝手がよくないのですが、もう少し広くてもいいのかな、とも思いますね。とくに私の場合は主に写真家の方のフィルムをお預かりしてプリント作業をしているわけですから、ある種の人格変異というかその人に成り代わらなければならないようなところがあるわけですよ。だからあまり広くない方がいいし、廻りに人がいない方がいいんですね。 

■ なるほど、イタコのような感じですね(笑)。実際のプリント作業を拝見したのですが、その時使われたのはこの引伸機ですね。 

□ イタリアのDURSTという会社の1970年代に製造されたものです。5×7インチサイズのフィルムまで引伸ばすことができます。 

■ 今はカメラにしてもパソコンにしても、アップデートのサイクルが早くて2、3年で古くなって買い替えてしまうような事態になっていますから、そう考えると機材が長く使えるということ自体がすごいことですよね。 

□ ええ、でも機材のパーツが製造中止になってしまって時間が経ちますから、これからどのように維持していくのか、ということが問題になってきますね。パーツをストックしておくぐらいの対応しかできないなんですよ。 

■ この時は、久保さんがロシアのクライアントの方からお預かりしたカラーネガを使ってモノクロのプリント作業をする行程で、露光時間や印画紙の種類を変えることで、仕上がりがどのように変わってくるのか、ということを見せて頂きました。露光時間を計って覆い焼きをすることで徐々に濃度が変わっていくのですね。 

□ 基本的にモノクロのプリントというのは、濃度とコントラストで決まってきますから、何回かテストをして、その組み合わせの良いところを探っていくわけです。 

■ 教会と木立が写っている風景写真を最終的には30枚も焼いて頂いたのですが、印画紙の選び方と露光時間でこれほど出来上がりが変わるのか、ということを目の当たりにして吃驚しました。たとえていうならば、銅版画のようなシャープな描写で空気が乾いたような情景に仕上がっているプリントもあれば、カミーユ・コローの油彩画を彷彿させるような情景に仕上がっているプリントもあって、同じネガからまったく質の異なるものができあがっているわけですから。 

□ モノクロプリントの面白いところは、空間の湿度や温度がトーンで表現できるところだと思うんですよね。 

■ 写っている教会の建物の見え方や距離感も、プリントのトーンによって変わってきていますよね。こういう感覚って、パソコンでPhotoshopを使って画像の明度や彩度、コントラストを操作するようなこととは違う、空気感の捉え方、作り方がベースにあるような気がしました。 

□ とくにモノクロプリントの暗室作業というのは、失敗から表現が生まれるということがあるので、最終的な表現の着地点をどこに置くかによって、失敗か成功ということが決まってくるんだと思うんですね。この時の作業の終わりの方で、かなり黒いプリントを作っていますけれども、それはファインプリントという観点から見れば決して美しいとは言えないものなのかもしれないけれども、表現としてはこれもありなのかもしれないですね。この黒いプリントは、最初の方に作った白っぽいプリントよりも、内面性とかドラマを喚起させるようなものになっていましたね。 

■ つまり、出来上がってくるプリントに対する想像力がとても大切だということですよね。 

□ 技術というのは鍛えれば上がってくるものだと思うのですけれども、どういうものを作りたいか、というイメージをあらかじめ持っているということが重要なんだと思いますね。技術があってもイメージがなければ、ものを作るということは難しいですし、逆に言えば、イメージがちゃんとあれば多少技術が足りなくても、その足りない分は時間をかければ後からついてくるんですよ。 

■ 久保さんがブログの中で「五感にうったえかける」という言葉をよく書いておられて、イメージを持つということも「五感にうったえかける」ということにつながっているのかな,と思います。このクロストークのプレスリリースを作る際に、私は「写真家と協同するプリンターの仕事は、優れたレコーディング・エンジニアが、ミュージシャンの出す音やその残響を聴き取って楽曲の世界を構築することにも近いのかもしれません。」というふうに書いたのですが、写真家のように実際に撮影現場に立ち会うというのではないにしても、その空間の広がりを含めて想像して、注意深く知覚することが作業の根幹にあるんだと思うんですよね。 

□ 写真家のアンセル・アダムズが「ネガは楽譜、プリントは演奏」という喩えを使って表現していますけれども、美香さんが音になぞらえてレコーディング・エンジニアという喩えを使うのは新鮮ですね。写真は非常に音に似ているところがあって、なるほどな、と思いました。 

■ 暗室作業を一人でされているときに、音って聞かれるんですか? 

□ 聞く時もありますし、聞かない時もありますね。その時の気分です。 

■ 聞いている音によって、作業をしている精神状況に影響を及ぼしたりもしますか? 

□ しますね。ラジオつけっぱなしの時もありますし、この写真だからこれを聴こうという時もありますけれども、だいたいは暗室に入った時の瞬間の気分ですね。暗室作業というのはその最中というのも大事なんですけれども,その前後、暗室に入る前にどういう風に過ごしているのか,ということも結構大事ですね。その時の気分や天候にも左右されますね。 

■ 暗室作業を拝見していて、プリントの仕上がりのバリエーションに驚くと同時に、プリントというモノに接するということの豊かさを感じたんですね。プリントの現像、定着が終わって、水洗のトレイからプリントを引き上げて壁面にピタッと貼り付けて、表面が濡れた状態が綺麗なんですよね。 

□ そうですね、モノクロのプリントは水に濡れているときが一番美しいですね。光り方も黒の調子も綺麗ですしね。乾いてしまうとその美しさが消えてしまうので。誰だったか忘れましたけれども、水入りの額が欲しい、なんて言っていた人もいましたね(笑)。そういう美しさを見ているから、ずっとこの仕事が続けられているんだと思いますね。 

■ 写真を見るということは,何がそこに写っているのかということを知る、ということだけではなくて、それと同時にその表面に眼で触れることでもあるのではないかと思うのですよね、実際に写真というモノの表面に前に立ち合わないと見えてこないというか。 

□ 美香さんに指摘されるまで「表面」ということにはあまり意識を払ってこなかったですね。プリントをするときには、まず作家が何を見ていたのかということや、作家が何を表現したいのか、ということを考えているので、表面よりもその奥、向こう側をいつも見ているような気がするんですよ。 

ヨルマ・プラネンのIcy Prospects
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■ 久保さんのお仕事についてお話を伺う前に、私が最近見て気になっているフィンランドの作家、ヨルマ・プラネンの『Icy Prospects』という作品について少しご紹介しておきたいと思います。直接的には久保さんのお仕事の話には結びつかないかもしれませんが、このクロストークの企画を練っていた時に、今年9月にドイツの出版社から刊行された彼の本を買って見ていたこともあって、久保さんとは別の視点からプリントやそれを見ることについて、話題を膨らませられるかもしれません。『Icy Prospects』の表紙を見ただけでは、一体これが何なのかということはわからないと思うんですよね。タイトルが『Icy Prospects』というだけに、氷の表面越しに見通した光景というふうに見えるかもしれないし、写真だということを意識して見なかったら油絵か何かの表面を拡大したもののようにも見えますね。

この作品について書かれたものを読んでみると、これは何か透明なものの表面を越しに撮影したものではなくて、木の板にアルキド樹脂という光沢のある黒い樹脂を塗って、その表面に反射した北極圏の風景を撮影したものということなんです。つまり目の前の先にある光景だと思ってみていたら、実際目にしているのは、別の方向、背後や横の光景だということですね。そういうことを意識すると見ているときの方向感覚が狂わされるような感じがあると思うんですよ。なぜ、透過光、反射光ということを強調するかというと、今写真を見るときは、パソコンのモニタや携帯電話の画面で透過光で見ているということが多いと思うんですね。実際私も日々沢山の写真画像を見ていますけれども、そうやって見ている画像はそれぞれに固有の表面を持っているわけではない。実際に表面として接しているのは、像を表示させている一つのモニタなんですよね。デジタルやインターネットの環境が普及することで、写真を見る拠りどころが反射光ではなく透過光に関わることが多くなっているということは、知覚のありように相当な変化をもたらしているのではないでしょうか。透過光によって見える像、というのは過去のある時点に定着したもの、というよりも向こう側から目の前に到来して目の前に浮遊しているもの、として受け止めている。抽象画のようにも見えるこの写真を見て受ける印象は、現在日常的に写真を見る経験のありかたにもどこかで通じているような気がします。
『Icy Prospects』には、北極探検に関して描かれた絵画や、探検に携わった人たちの写真を撮影した写真が風景写真と組み合わせられています。その撮り方というのが、通常絵画や写真を複写するような撮り方とは違っていて、表面に光が反射して、絵の具の亀裂や写真の光沢がそのまま写し取られている。つまりそこに何が描かれていたり、写されたりしているのかということを見せるのではなく、絵画や写真という過去に作られたモノが眼前にあってそれに接しているということを伝えるような撮り方になっているわけです。風景写真の撮影に用いられた黒い板の表面と、絵画や写真の表面という二つの種類の表面をとらえることによって、プラネンは時間と空間を往還するような作業をしているのですね。

□ プラネンのお話とは少し外れますが、プリントの作業というのは,印画紙にずっと触れているわけですよね。そうするとプリントというモノに対する愛おしさがあって仕事が成り立つわけです。人間でもモノでもそうですけど、触れていたり、一緒にいる時間が長くなると愛着がわいてきますから、そういう部分が大切なのかな、という気がしますね。 

■ 古い写真に対するプラネンの態度というのも、時間を越えて残されてきたモノへの敬意や愛おしむ感覚が根底にあると思いますね。 

プリンターの仕事 1970年代から現在まで

■ これから久保さんのお話をいろいろと伺っていきたいのですが、プリンターという仕事に携わるようになった理由やきっかけとは何だったのでしょうか?写真家を目指す人よりもプリンターを目指す人というのは比率としては低かったのではないかと思うのですが。 

□ 私は、写真の学校に通っていたわけではなくて、大学の写真の同好会に所属していたんですね。廻りの先輩に恵まれていて、学生時代からライトパブリシティという広告制作会社に出入りするような機会もあったりしたんです。その後写真家のアシスタントをしていたのですが、いざ独立してフリーになろうという段階になって、自分が満足のいくまで時間をかけられるような暗室作業の仕方が私にはあっていると思ってプリンターの仕事をするようになりました。これは性格に因るところが大きいですね。私がプリンターとして仕事をするようになった30年前というのは大手の写真ラボというのは沢山ありましたけれども、個人で仕事を受けるというのは少なかったですね。 

■ 30年以上お仕事をされてきていて、これまでにさまざまな変化があったと思うのですが、その過程をお話し頂けますか。 

□ 1970年代から80年代頃は広告写真やエディトリアル写真の仕事が非常に多かったですね。バブルが弾ける前、デジタル技術が登場する前のことですから、仕事が右肩上がりで非常に忙しかったです。印刷原稿を作るのが仕事でした。広告の制作行程では、プリントは最終段階に近い作業ですから、時間的な制約も大きかったですね。写真家のアシスタントをしていた時に撮影にも同行する機会が多くて、写真家が見ている光や空気を体感した上でプリントをする体験を若い時に積み重ねていたので、それが良かったように思いますね。その経験が今の仕事にも生かされていると思いますよ。プリンターになってから10年ぐらい、デジタル技術が台頭してくるまでは本当に忙しかったですね。暗室の中で寝て、起きてからまたプリントするというような状態でモグラのような生活でした。(笑)たくさん仕事をすることで自分のスキルアップにもつながっていったと思いますね。 

■ 印刷原稿を作る技術者としての仕事を続けられる中で、別の方向も模索されるようになったんですよね? 

□ ええ、途中で嫌になってきたんですよね。広告制作の機械の一部のように扱われるのが。プリンターでありながら自己表現をしたくなった、というか。難しいものに挑戦したくなった時に出会ったのがプラチナ・プリントだったわけです。それが20年ぐらい前のことですね。プラチナ・プリントを手がけていた人は当時少ないながらもいたとは思いますが、ラボサービスとして提供しだしたのは、私のところが初めてかもしれませんね。当時アメリカでパラディオ・カンパニーというマシンコート(手ではなく機械でコーティングを施した)のプラチナ・プリント用の印画紙を販売している会社があったので、そこの商品の個人輸入を始めました。印刷原稿としてではなく、そのモノとしての存在感があるプリントのあり方を模索するようになったんですよ。輸入代行と言っても、お客さんに売るというよりも、自分で使うために仕入れていたようなものなんですが、数は少なくとも興味を示す人がでてきましたね。プラチナですから、ゼラチンシルバープリントの15倍するという高額なものなのですが、それだけの価値はあるものです。 

■ プラチナ・プリントでの注文はありましたか? 

□ ほとんどなかったですね。一番のネックはやはり値段ですね。広告の場合だと感材が経費として計上されるじゃないですか。でも、プラチナ・プリントはほとんどの場合作品なので、個人の負担になるので難しかったです。 

■ 90年代に入ってデジタル化がどんどん進行していきましたが、お仕事の状況というのはどういうふうに変わっていったのですか? 

□ コマーシャルの世界がどんどんデジタルに移行していったので、生きるための糧を得る仕事が目に見えて減って行ったのはキツかったですね。広告制作に携わるデザイナーたちの仕事環境がデジタル化する方が早かったですね。プリンターの仕事をしていた人で廃業してしまった人もいますが、フリーで仕事をしている人たちは意外としぶとく仕事を続けていますね。却って大手のラボの方が厳しいのではないかと思います。 

■ 久保さんのお仕事も印刷原稿の制作から、プリント制作へと転換していったのでしょうか。そうすると、一緒にお仕事をされる写真家の方との関係性も変わってくるのではないかと思うのですが。 

□ そうですね。同じような指向を持っている人が篩にかけられるようにして残っているような気もしますね。デジタル化が進む中で、自分の仕事が危うくなっていくのを目の当たりにして、正直なところかなり落ち込んだ時期もあるのですよ。このまま仕事を続けて行かれるのだろうかと思って。自分はアナログで育ってきていて、アナログが好きだし愛着もある。かといってデジタル指向の人間ではないし。そういう時にインターネットを介してプラチナ・プリントやオルタナティブ・プロセスの情報を得られるようになったんですよね。ですから、皮肉なことなんですけれども、自分の仕事を駆逐しつつあったデジタル技術が、別の方向では自分に新たな可能性を与えてくれたわけです。見方を変えればそれは面白いことなんですよね。それから何となく余裕が出てきたという感じでしょうか。 

■ デジタル技術やインターネットが、新しく人と出会うきっかけを与えてくれたり、またアナログとデジタルの融合で、それまではなかった新しい表現の可能性も拓けてきたりしたということでしょうか。 

□ そうですね。好き嫌い,ということで言えばデジタルは決して好きではないのですが、可能性ということを考えたら、アナログとデジタルを組み合わせて今までにないものを作り出したいということなんですね。 

Project Basho ワークショップ、プリント・ビューイング行脚

■ そういったお気持ちから、久保さんは今年二度アメリカに旅行されて、さまざまなワークショップに参加したり、いろいろなプリントをご覧になって来られたそうですね。そこでの体験をいくつかご紹介して頂きたいなと思います。まず、ペンシルヴァニア州フィラデルフィアにある写真センター、Project Bashoを訪問されたことからお話を伺っていきますが、Project Bashoの運営者である伊藤剛さんとの出会いが、久保さんにとってとても大きなものだったそうですね。 

□ そうですね、彼と出会ったことでより広い外の世界に目を向けられるようになりましたね。彼とは、私が一緒に湿板写真のプロジェクトに取り組んでいる写真家の菅原一剛さんがニューヨークのPace McGill Galleryで開催された展覧会に出品されたのを見に行ったときに知り合いになりました。その後にも日本で何回か会っていたのですが、今年になって初めてProject Bashoを訪ねました。
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■ Project Bashoについて少し説明しますと、もともと倉庫だった煉瓦作りの建物を、伊藤さんが住居、オフィス、暗室、ギャラリーを含む施設として改装したものです。幅が7メートル、奥行きが50メートルという結構広い建物ですよね。写真教室、ワークショップ、展示、コンペティションなどさまざまな活動をされています。伊藤さんの紹介で、フィラデルフィアの美術学校で開催されたクリストファー•ジェームズさんによるオルタナティブ・プロセスの講評会に参加されたそうですね。

□ クリストファー•ジェームズさんはいわゆるオルタナティブ・プロセスの専門家で、The Book of Alternative Photographic Processesという本も書かれています。講評会は、年齢、プロ/アマチュアを問わずさまざまな人が参加していて、とてもオープンでフレンドリーな雰囲気の中で進められていて、参加して楽しかったですね。講評会というと、日本ではどうしても上下関係がベースになって堅苦しい雰囲気になったりすることが多いんですけれども、アメリカだと横つながりというかフラットで気さくにコミュニケーションができているなと感じますね。それはモノ作りにとってとても大切なことだと思いますね。

■ 5月のフィラデルフィア滞在中にニューヨークに足を伸ばして、ニューヨーク近代美術館で開催されたThe Printed Picturesという展覧会をご覧になったそうですね。私も見に行ったのですけれども、この展覧会は、巨匠プリンターとして知られているリチャード・ベンソンさんが企画されたもので、古今東西のさまざまな印刷技術を通覧するというもので、併せて刊行されたカタログも素晴らしいものですね。 

□ こういう展覧会が日本に巡回しないのが残念だと思いますね。多分写真家の人が見てもインスピレーションを受けるんじゃないでしょうか。技術を通覧する展覧会というと資料的な展示というふうに思われるかもしれませんが、作家の選び方や見せ方もとても良かったですね。プリントの部分を拡大して複写したものを組み合わせて展示してあって、技法の特徴が解りやすくなっていました。
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■ フィラデルフィア美術館でもプリントのビューイングをして来られたそうですね。 

□ 伊藤さんが美術館の方と懇意にしていることもあって、美術館の方に予約してくれたんですよ。前もって見たい作品をリストアップして提出すれば作品をビューイング・ルームで閲覧できるんですよ。自分でプラチナ・プリントを手がけてきたのですが、自分の中でプラチナ・プリントに対する基準が定まっていなかったので、実際にプリントを見て確認できて良かったですね。見た写真の中には、俳優のリチャード・ギアがチベットで撮影した写真のプラチナ・プリントをみることもできました。
Philadelphia Museum of Art

■ Project BashoではQTRワークショップに参加されたそうですが、これはどういうことをするワークショップだったのでしょうか?
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□ プラチナ・プリントはコンタクト・プリントをするために拡大ネガを作らなければならなくて、以前はフィルムを使ってそのネガを作っていたんですけれども、今はインクジェットのプリンターを使って透明なシートに印刷してネガを作るんですね。このワークショップはその作り方を学ぶというもので、ロン・リーダーさんに指導してもらいました。この時は8人ぐらい参加されていましたね。材料費抜きで5万円ぐらいのワークショップなんですけれども、西海岸から参加されていた方もいましたね。白から黒にいたるまでのなだらかなグラデーションができるようにパソコンで画像の明度を数値化してインクジェットのプリンターで出力して、プリント用の印画紙を作って、紫外線をあてる露光機で露光するというのが、作業の一連の流れです。 

■ さまざまなワークショップを受けてこられているわけですが、私が画像を拝見したなかでも一番心を惹かれたのがニューヨーク州ロチェスターのMark & France Scully Osterman’s Studioで受けられたという湿板写真の個人レッスンです。
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□ マーク・オスターマンさんとフランス・オスターマンさんご夫婦で、マークさんはジョージ・イーストマン・ハウス写真博物館にお勤めで、写真家でもあり、湿板写真のマスターでもあるんですけれども、ご自身の自宅を開放してレッスンが受けられるんですよ。ご自宅で収蔵されているさまざまな写真のコレクションを拝見しました。凄いと思いましたね。部屋の中にも写真が沢山飾ってあって、まさしく写真の中に生活があるという感じでした。
湿板写真は19世紀半ばに誕生した技術で、ガラスに乳剤を塗って、それが乾かないうちに撮影するという技術なんですけれども、日本だと坂本龍馬が写っている写真が有名ですね。今回教わったのは、ガラスに乳剤を塗ってそのガラス自体を見せるアンブロタイプという技術でした。3階で撮影ができるようになっていて、地下の暗室で作業ができるようになっていて、その行程すべてを直伝で学んで体験できるんですね。 

■ 制作に使われる道具は、19世紀半ば当時に使われていたものだそうですね。道具にもモノとしての強い魅力がありますね。当時の道具が今も使えるということは凄いことですよね。 

□ そうですね、湿板写真をやって一番感じたことは、写真が写ることの喜びみたいなものですね。今あまりにも簡単に写ってしまいかすからね。それから、制作過程でラベンダー・オイルや蜂蜜を使うことがあるのですが、その有機的な匂いも味わうことができるんですよね。 

■ 一連の写真を拝見していると、人の手を介してモノが作り出される過程がよくわかりますね。 

□ ほかのプロセスに比較しても、湿板写真はモノに触れている時間が長いですね。 

■ その後、ジョージ・イーストマン・ハウス写真博物館も訪れたそうですね。
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□ 資料室や、写真を修復する仕事場も見せて頂くことができて、それも有意義でしたね。三木さんという方が3年間この博物館で研修されていて、彼女にもお会いすることができました。 

■ ワシントンDCにもお出かけになって、議会図書館や国立公文書館でプリント・ビューイングをされたんですよね。 
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□ ワシントンDCもフィラデルフィアから2時間ぐらいで行けるんですよね。議会図書館ではクラレンス・H・ホワイトなどアメリカの写真史に残る名作を間近にできました。国立公文書館は、アンセル・アダムズのプリントや、歴史的な資料としての写真、たとえばリンカーンのポートレート写真や、ヒトラーの愛人だったエバ・ブラウンが撮った写真のアルバムなんかも見ましたね。 

■ さまざまな場所に出向いて、直にモノに触れるという非常に密度の高い経験をされたんですね。

□ 時間を隔てて残ってきたものの存在感というのはやはりとても強いなと感じました。 

■ 歴史に触れるということで日本でのお仕事に話を戻しますと、福澤諭吉展に併せて、福沢諭吉がサンフランシスコで撮影した湿板写真のレプリカを制作されたそうですね。
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□ これは慶応義塾大学創立150年記念事業の一環として慶應義塾福澤研究センターから依頼を受けたものです。原板をスキャンしてデータを作って、それをもとにフィルムを作ってプリントをして制作しました。一点一点出来上がりが違ってくるので、全部で4,50枚ぐらい作って、最終的に残ったのは2点でしたね。レプリカの作成自体はあまり好きではない、というか、現代のモノ作りに携わっていたいという気持ちが強くあったのですが、実際にモノを眼の前にしてみると、こういう仕事も面白いなと思いますね。この仕事は、修復家の白岩洋子さんとの共同プロジェクトで、アメリカの会社に注文してケースも作ってもらいました。 

■ 前に紹介して頂いた菅原一剛さんとの湿板プロジェクトも共同で進めておられるんですよね。 

□ 今湿板写真を使って何か新しいことができないか,と思って一緒にやっています。デジタルでは表現できない生の光を表現したいと思っているんですね。彼が奄美大島に撮影に行くのに同行して、暗室作業用にテントを作って、移動しながら8×10インチのガラス板を使って撮影しています。出来上がった作品は、25枚のガラス板を組み合わせています。この撮影の時にも、インターネットを介してアメリカにいる湿板写真の仲間にアドバイスをしてもらったりしました。 

■ 写真の歴史を辿って作品を作る過程にも、インターネットの技術が生きているということも面白いですね。 

□ そうですね、デジタル技術全盛の時代に入っても、アナログ時代で培ってきたことが生きているな、と感じますね。 

 

クロストークとその後のプリントビューイング、懇親会の様子

4 Responses to “再録:クロストークvol.4 像をモノに転換する技術 プリンターという仕事”

  1. madhut より:

    先日は有難うございました。
    私は写真について素人ですが、プラネンという写真家のお話は面白いと思いました。透過光、反射光の相違ももちろん、同じ反射光でも、かつてなら鏡やガラス(鉱物/無機物)を使ってもっとコンセプチュアルにやっていただろうところを、木材やタール(有機物)を使って微妙に物質感を出し、なおかつ角度を付けて反射させているところが現代的だな、という気がします。1990年代は、blur,blur,blur,と呪文のようにみんな唱えていましたしね。作者や小林さんの考えとは異なっているかもしれませんが。
    それと久保さんの作業場って稲垣ビルの地下なんですね。むかしちょっとお邪魔したことがあって、いい使われ方をされているようで何よりです。

  2. madhut より:

    先日は有難うございました。
    私は写真について素人ですが、プラネンという写真家のお話は面白いと思いました。透過光、反射光の相違ももちろん、同じ反射光でも、かつてなら鏡やガラス(鉱物/無機物)を使ってもっとコンセプチュアルにやっていただろうところを、木材やタール(有機物)を使って微妙に物質感を出し、なおかつ角度を付けて反射させているところが現代的だな、という気がします。1990年代は、blur,blur,blur,と呪文のようにみんな唱えていましたしね。作者や小林さんの考えとは異なっているかもしれませんが。
    それと久保さんの作業場って稲垣ビルの地下なんですね。むかし伽藍洞だった同ビルにちょっとお邪魔したことがあったのですが、今はいい使われ方をされているようで何よりです。

    (一部舌足らずだったので修正したものを再送)

  3. madhut より:

    それと。
    フィンランドの光に鑑み、光は北に行くほどモノクロームとなり南に行くほどポリクロームとなるといった話は、ゲーテの『色彩論』中のお話です。よろしければどうぞ。

  4. mika より:

    madhutさん

    コメントありがとうございます。プラネンの情報は↓にあります。
    http://www.anhava.com/?http://www.anhava.com/exhibitions/puranen/index-a.html
    http://www.helsinkischool.fi/helsinkischool/artist.php?id=9032

    ゲーテの色彩論の一部を学生の頃読んだ記憶が、、。もう一度読み直してみます。。

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